和歌山コラム

紀州藩を立て直した8代将軍 徳川吉宗 江戸時代の男性はVIO処理してたってホント?

暴れん坊将軍でも有名な8代将軍 徳川吉宗。
様々な時代劇でもよく出てくる人物ですよね。


徳川御三家の1つ紀州藩(現在の和歌山県)5代目藩主として財政難だった藩の財政を立て直し成功。
この功績が認められて6代将軍 家宣の養子として迎えられ、江戸幕府8代将軍に就任しました。


5代目藩主になったのも、様々な偶然が重なったといいます。


2代目藩主 徳川光貞の四男として生まれた吉宗。なぜ、藩主になりそして将軍の座にまで上り詰められたのでしょう?
3代目藩主の長兄 綱教が死去し、次兄の頼職が後を継ぐが半年もしないうちに病気で死去。
その後、すぐに父 光貞も死去し、度重なる不幸が原因で22歳の若さで5代目藩主に就任したようです。


一説には、吉宗を藩主にし将軍へと押す動きが裏であったと・・・いう説もあり、吉宗が藩主になったのは偶然ではなく必然だったというようにも考えられますね。


8代将軍就任後に行った享保の改革。江戸時代に行われた三大改革の1つで歴史上でも有名な改革です。
質素倹約を元に、自信も木綿の着物を着、食事は1日2回 一汁三菜に務め、武士の精神を引き締めました。


そして、大奥で務める女性を約2700人を解雇して大幅な経費削減を実施するなどの倹約令を発令し、同時に新田開発を行い米の増産に成功。吉宗就任時に空っぽだった幕府の御金蔵に100万両以上のお金を残していったとされています。
その一方、五公五民にする増税制作により年貢の取り立てが厳しく、晩年には百姓一揆が頻発しました。


他にも、庶民の要求や不満を知るために目安箱を設置・その意見をもとに小石川養生所を設置・キリスト教以外の洋書や漢書の輸入も解禁し蘭学を学ぶ人が増え、医学も発展しました。
江戸の街で頻発していた火事対策で町火消し組合の創設・治水など多くの功績をのこし名君と呼ばれた将軍です。


江戸時代というと260年以上長期の安定政権を維持し、天下泰平という言葉が生まれ、現在の平和な日本の礎を気づいた時代ともいえます。


そんな江戸時代の男性達は着物・袴の下はふんどしです。
この時代から、ふんどしの両端から陰毛が出ていることはNGだったようで、ほとんどの男性がふんどしからはみ出さないように処理していたという記録が残っているそうです。


Vラインのムダ毛処理はこんな時代に、男性から始まったものかも知れないんですね。


和歌山のオススメ脱毛サロン

 

脱毛コラム

 

和歌山コラム